2025年11月28日に中国・上海市で開催された人気アニメ『ONE PIECE(ワンピース)』をテーマにしたイベントで、日本の人気歌手の公演が突如中断させられる騒ぎが発生し、一躍その名がトレンドとなった大槻マキさん。
上海イベントで日本のアニソンが強制中断 大槻マキさん、歌唱中に照明落とされ音楽停止https://t.co/ZjyY5u78tj
— 産経ニュース (@Sankei_news) November 29, 2025
人気アニメ「ONE PIECE(ワンピース)」の主題歌で知られる歌手の大槻マキさんが上海市で28日に開催された「バンダイナムコフェスティバル2025」で強制的に歌唱を中断された。
「一体どんな人?」「どんな経歴があるの?」と注目が集まっています。
ここでは、今話題の大槻マキさんの詳しい経歴やプロフィール、「どんな人」なのかを徹底解説します。
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大槻マキ(おおつきマキ)さんのプロフィール・経歴
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大槻マキさんは、アニメ『ONE PIECE』のファンであれば、その歌声を聞いたことがない人はいないと言っても過言ではない、実力派のシンガーソングライターです。
| 項目 | 詳細 |
| 本名・別名義 | 大槻マキ (デビュー当初は「大槻真希」) |
| 生年月日 | 1973年5月11日 |
| 出身地 | 福井県越前市(旧・武生市) |
| 学歴 | 福井県立武生商業高等学校 卒業 |
| 元々の職業 | 銀行員 |
| 職業 | 歌手、作詞家 |
| 活動期間 | 1999年〜 |
銀行員から『ONE PIECE』の歌姫へ
大槻マキさんは、デビュー前は地元の福井県で銀行員として働いていたという異色の経歴の持ち主です。
1999年、アニメ『ONE PIECE』の放送開始とともに、初代エンディングテーマ「memories」で「大槻真希」名義でデビューを果たします。
続く第2代エンディングテーマ「RUN! RUN! RUN!」もスマッシュヒットとなり、一気にその知名度を高めました。
作品の黎明期を彩った彼女の楽曲は、今でも『ONE PIECE』ファンにとって特別な存在となっています。
バンド活動を経てソロ再始動
『ONE PIECE』の主題歌で脚光を浴びた後、一時的に活動を縮小しますが、その後は「大槻マキ」に表記を改め、音楽活動を継続します。
- 2006年8月〜:バンド「CASSIS(カシス)」のボーカルとして活動。
- 2009年〜:バンド「extal(エクスタル)」のボーカルとして活動。
様々なバンドやユニットでの経験を経た後、2012年10月よりソロ活動を本格的に再始動。現在は、自身で作詞・作曲を手掛けることも多く、ライブ活動を中心に精力的に活動を続けています。
2016年には、15年ぶりに『ONE PIECE』のTVスペシャル『ワンピース〜ハートオブゴールド〜』の主題歌「Destiny」を担当し、再び話題となりました。
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大槻マキさんは「どんな人」?魅力は?
大槻マキさんの最大の魅力は、その「瑞々しい感性と伸びやかな歌唱力」を持つ実力派シンガーである点です。
彼女の歌声は、デビュー曲「memories」が持つ切なさや力強さ、「RUN! RUN! RUN!」が持つ疾走感や明るさなど、楽曲の世界観を深く表現し、聴く人の心に響く力があります。
また、長年のキャリアの中で様々なジャンルを経験し、現在は自らの言葉とメロディーで表現するシンガーソングライターとして進化を遂げています。
デビューから20年以上にわたり、第一線で愛され続ける彼女は、「ONE PIECE」の歴史とともに歩むアニソン界のレジェンドの一人と言えるでしょう。
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まとめ
今回の上海でのイベント中断騒動は、海を越えて大槻マキさんの存在を改めて知らしめる結果となりました。
元銀行員という経歴を持ちながら、『ONE PIECE』の初代エンディングテーマを歌い上げた「大槻マキ」さん。
その卓越した歌声とキャリアは、今後も国内外のファンに愛され続けること間違いありません。彼女の今後の活動からも目が離せません!

